京都府の郷愁を誘う石畳のある風景

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朝代神社
朝代神社
場 所 ・京都府舞鶴市字朝代
種 別 ・参道
備 考 朝代神社は白鳳元年に淡路島に鎮座していた日ノ少宮の御霊を勧請し開創したと伝わる神社です。江戸時代には歴代田辺藩主から信仰され丹後国十一社に数えられました。4年に一度の例祭に奉納される吉原太刀振りは貴重な事から京都府指定無形民俗文化財に指定されています。参道は風致に富み長方形の石を、前方に向かって縦長に敷く短冊5列形式の石畳みが敷きこまれています。

国清寺
国清寺
場 所 ・京都府宮津市字金屋谷
種 別 ・参道
備 考 国清寺は寛永2年に京極高広の正室寿光院が父親である池田輝政の冥福を祈る為、文珠智恩寺の別源禅師を招いて開創したと伝わる寺院です。寺宝の龍虎図は中国明時代に中国の画家鄭顛が描いたもので宮津市指定文化財に指定されています。境内は広々と明るい印象を受け、山門から本堂まで一直線の参道を設け長方形の石を、前方に向かって縦長に敷く短冊5列形式の石畳みが敷きこまれています。

智恩寺
智恩寺
場 所 ・京都府宮津市文珠字切戸
種 別 ・参道
備 考 智恩寺は大同3年に平城天皇の勅願寺として開創したと伝わる寺院で、延喜年間には醍醐天皇の勅願寺となり勅額を賜っています。中世は丹後国守護や守護代が庇護し明応10年には守護代延永修理進春信が多宝塔を寄進しています。江戸時代には宮津藩から庇護され藩主である京極高国が文殊堂を修復しています。信仰が広がると日本三文殊の1つに数えられました。智恩寺多宝塔、木造文殊菩薩、脇侍善財童子、優填王像、金鼓、鉄湯船は国指定重要文化財に指定されています。参道には長方形の石を、前方に向かって縦長に敷く短冊6列形式の石畳みが整備されています。

元伊勢籠神社
元伊勢籠神社
場 所 ・京都府宮津市大垣
種 別 ・参道
備 考 元伊勢籠神社が何時頃開創されたのかは判りませんが現在の真名井神社の境内地に鎮座し豊受大神を祭っていたとされます。祟神天皇の御代には大和国笠縫邑に祀られていた天照大神の御霊が遷座し吉佐宮が開創されています。垂仁天皇の御代に天照大神が、雄略天皇の御代に豊受大神がそれぞれ伊勢神宮に遷座した事から、神官家の祖神である彦火明命が主祭神として祭られるようになったようです。延喜式神名帳では名神大社として記載され、丹後国一之宮に格付けられています。境内は綺麗に整備されており、参道には長方形の石を、前方に向かって縦長に敷く短冊7列形式の石畳みが敷きこまれています。色味が白色系の為、植栽や背後の山の緑との対比が鮮明になっています。

宗雲寺
宗雲寺
場 所 ・京都府京丹後市久美浜町
種 別 ・参道
備 考 宗雲寺が何時頃開創されたのかは判りませんが、当初は常喜庵と呼ばれる小さな草庵だったとされます。永享4年に千畝周竹和尚が近衛家の協力を得て久美浜町多茂ノ木から現在地に境内を遷し、天台宗から禅宗に改称、寺号を常喜寺に改めています。天正15年に松井康之が父親の菩提を弔う為、玄圃霊三和尚を招き中興開山しています。参道には長方形の石を、前方に向かって縦長に敷く短冊4列形式の石畳みが敷きこまれています。

大宮賣神社
大宮賣神社
場 所 ・京都府京丹後市大宮町周枳
種 別 ・参道
備 考 大宮売神社が何時頃開創されたのかは判りませんが、境内には古代祭祀場と思われる遺物が見つかっている事から信仰としてはかなり遡ると思われます。格式が高く延喜式神名帳には名神大社として記載され丹後国二之宮に格付けられています。石燈籠は徳治2年に建立されたもので国指定重要文化財に指定されています。大鳥居から神橋までの参道は土系で踏み固めており、数多く燈籠と松並木が郷愁を感じさせてくれます。神橋から拝殿までは一直線の様々な形状の石材を組み合わせて仕上げた「乱張り」形式の石畳みが整備されています。

安国寺
安国寺
場 所 ・京都府綾部市安国寺町寺ノ段
種 別 ・参道
備 考 安国寺は正暦4年に地蔵菩薩像を勧請し開創したと伝わる寺院です。建長4年に勧修寺重房が菩提寺として庇護し、室町時代には足利尊氏の生母清子が上杉家(勧修寺家)一族だった事から足利将軍家から庇護されました。又、全国に一宇ずつ設けた安国寺の筆頭の格式が与えられた事で寺運が隆盛し最盛期には塔頭16、支院28を擁する大寺院となっています。境内には山門から本堂に一直線で四角い石材を前段と後段で半分ずらして敷く「馬踏み」形式の石畳みが敷きこまれています。

篠田神社
篠田神社
場 所 ・京都府綾部市篠田町宮ノ下
種 別 ・参道
備 考 篠田神社は何時頃開創されたのかは判りませんが、延喜式神名帳に式内社として記載された阿須須伎神社の論社とされます。伝承によると、崇峻天皇の御代に用明天皇の皇子である金丸親王が当社を篤く信仰し、その後裔である金里宰相が境内を整備し、その際に竹を植えた事から「竹の子さん」と呼ばれるようになったと伝えられています。境内に敷かれた様々な形状の石材を組み合わせて仕上げた「乱張り」形式の石畳みは拝殿直前で僅かに左斜めに角度を変えています。

出雲大神宮
出雲大神宮
場 所 ・京都府亀岡市千歳町出雲無番地
種 別 ・参道
備 考 出雲大神宮は和銅2年に元明天皇の勅願で開創したと伝わる神社です。ただし、境内背後の御陰山は信仰の対象となり山自身を御神体とする祭祀施設が前身だった可能性があります。又、当社から御霊が勧請され出雲大社が開創されたとの伝承があり元出雲の別称もあります。延喜式神名帳には名神大社として記載され丹波国一之宮に格付けられています。参道は石造社号標の近くで右斜めに角度を変え長方形の石を、前方に向かって縦長に敷く短冊5列形式の石畳みが敷きこまれています。

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